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沖縄諸島はこうして誕生した シリーズ《長寿の島🏝️沖縄の知恵と旅》

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花粉が飛ばない沖縄へ 🛫

私、カズはとにかく酷い花粉症の持ち主です。
特に春先のスギとヒノキの花粉には、長年来、悩まされていた。そんな花粉症から運よく逃れることができたのは、2013年。13年ほど前になります。

13年前のある日、テレビだったか週刊誌だったかで「杉花粉から逃れたければ、花粉のない処に行けばよい。沖縄とか北海道はそもそもスギもヒノキも植わっておらず、花粉がありません。」と言う記事を知り、「なるほど。では、この時期、北海道は寒いから沖縄だ。」と思い立ち、さっそくその年の3月下旬に、人生初めての沖縄旅行に。
3泊4日の日程でしたが、実験的な試みで那覇市内に滞在しました。

もちろん、沖縄にいる間はクシャミもなく、本当に地獄に仏とはこのことか!と、嬉しくなり、来年からはせめて一か月間、沖縄で過ごそうと決め、3日間の滞在中は観光そこのけで那覇市内をあちこち廻り、安くて快適そうな宿探しに明け暮れた。

おかげさまで、ひと月を10万円足らずで過ごせる快適な宿が那覇市内に見つかり、次の年からは毎年、那覇市を中心に沖縄滞在を続けています。

もっとも、2021年と22年はコロナの影響で、残念ながら旅行ができずに我慢の年だったが、明くる2023年の2月に3年ぶりに訪問し、4月下旬までの二か月間あまり、花粉を忘れて久しぶりの沖縄生活をエンジョイしました。

それ以来、この時期の沖縄滞在は私にとっての年中行事となっています。

沖縄諸島はこのようにして誕生した

花粉症が縁でつながりのできた沖縄ですが、お世話になるこの地域のことをもっと知ろうと、地理的・歴史的な観点からいろいろ勉強をしてみました。

今回はその中でも、沖縄本島を中心とする沖縄諸島がどのようにして誕生したのか。調べた限りの情報をお届けします。

日本列島の誕生については、高齢者サポートブログの「逆さ地図」でも述べているが、約3千万年ほど大昔に、厚さ100kmもある重い太平洋プレートが、徐々に沈み込み始めるとともに、ユーラシア大陸の東端が引きちぎられるように離れ、日本列島の原型となった。

その中でも九州〜沖縄を含む西日本には、南側からのフィリピン海プレートが、沈みつつある太平洋プレートの補完のような形で押し寄せたが、本州の中部から九州に掛けては熱いマグマの層が地下に潜り込み、その塊がカルデラ状に地上に噴出。とんでもないエネルギーとなって広範囲で噴火した。

阿蘇山のカルデラはその典型

一方、九州より南方の沖縄諸島地域は、熱いマグマの層でなく、同じフィリピン海プレートだが、冷えた部分の層が地下に潜り込み、その為に火山帯は生じることなく、実に2億年も前から大陸との離合集散を繰り返して来た。

500万年ほど前には琉球列島と大陸の間に島尻海(しまじりうみ)と呼ばれる海域ができ、200万年前から現在に掛けて大陸との大きな裂け目となる、深い沖縄トラフが形成された。
現在は、大陸と沖縄本島等の琉球列島の北側の島々との間で、沖縄列島に近いところに水深の深い沖縄トラフが横たわっている。

そして40万年前から氷河期の終期である2万年前まで、南琉球地域は大陸と陸続きとなったりしていたが、氷河期が終って海面が上昇し、陸地が狭くなり、9500年前にはサンゴ礁が隆起して、現在の琉球列島の原型ができたと言われています。

因みに、日本で最も古い人の遺骨と言われれている2万年前の沖縄本島の湊川人は、このような地形の変動の中を大陸から島伝いに渡来してきた人々と考えられている。

また、イリオモテヤマネコやハブ、ヤンバルクイナなど氷河期の時代に、陸続きの大陸から移動してきた動植物が、その後大陸と切り離されて孤立した環境のなかで、独特の生態系を形成しました。

【沖縄の知恵と旅】シリーズは続く

このような気が遠くなるような長い年月をかけて、激動的な変動を繰り返して来た琉球列島。これからもブログ【沖縄の知恵と旅】のなかで、地理・風土・歴史そして文化など沖縄本島を中心に、時間を掛けながらさまざまな角度から取り上げてまいります。ぜひ、お付き合いください!   

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この記事を書いた人

神奈川県在住のハイ・シニア世代の男性です。
毎年2月から4月にかけて、花粉症対策で始めた沖縄滞在も13年目を過ぎ、すっかり沖縄ファンに。
沖縄の歴史・文化情報・おすすめの観光地など、沖縄に関するあらゆる情報を発信します!

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